11月28日 輪島市の活動最終日「消えた洗濯物!?」「私の見た輪島」
輪島市内での活動は今日が最後です。明日は2時間程度南にある富山県氷見市に向かい、そちらの地震災害案件を数件行わせて頂いてから長野に戻る予定です。でも輪島市活動で精根を使い果たしていますから、氷見市では事務作業や休みもふんだんに入れつつ、少し〝やわやわと(北陸の方言=ゆるやかに)〟お手伝いさせて頂くつもりです。
そんな訳で、溜まりまくった洗濯物を洗濯するために市街地へ行ってコインランドリーで洗濯~乾燥させていました。時間ぴったりに取りに来たら…何と!?別の物が入っていて私の服がどこにもない!!。
店員さんもいましたが…対応は出来ないですし、困り果てていました。パジャマ下着作業着替え大半を無くしました(涙)大ピンチです。
でも…こんな推測をしました!・・・「私が使っていた乾燥機械回ってる」「回っていなくて回収されていないドラムが隣にある」つまり…可能性としては〝誰かが間違って私の物を詰め込んで帰ってしまったのでは?〟と推測!その人も家で開けて「あれ?」って気がつくはず!。自分の洗濯物を取りに来るはずだし、停止している隣の乾燥ドラムの持ち主が来るまで待ってみる!。コインランドリーで、名探偵ごっこ…(^_^;)今日も忙しいんだけどなぁ。「まぁ、立ち止まれ!って暗示かな?」とポジティブに考えて待つ。
約30分後!おじいちゃんが「いやぁ~間違がっとったぁ~!」と店に飛び込んできました!!
奥さんの洗濯物を乾燥させていて、機械が止まるまで待っているうちに、自分の乾燥ドラムと私のドラムがわからなくなったらしく、先に停止した私の物を詰めて持ち帰ってしまいましたとの事!
帰宅後、奥さんが気付き、再度おじいちゃんが取りに来たわけですが、ちゃんと私の物を持って来てくれました!。捨てて証拠隠滅だって出来ただろうに…おじいさんが「いや、あんたみたいな方で良かった」と仰ったので、すかざす「他の女性の下着持って帰ったらじいちゃん今頃逮捕やで!」と笑い話で丸く収まった!
輪島市社協のボランティアセンター敷地内のコインランドリーなので、他のボランティアさんもたくさんいるお店でした…服を無くしガックリと待っている事を知っている数名の方々が「良かったですね~!」と拍手が起こりました。輪島はコインランドリーも優しい。
でもね…おじいちゃん85歳くらいのご高齢でした。もしかすると仮設住宅で奥さんを介護してるのかな?…そんな事も感じました。老々介護…文字だけ見ると暗く重く切なさも感じる。でも添い遂げる覚悟を持ったご夫婦が、最後に命がけで放つ愛とも言える。落葉前に紅葉する葉に似ている。
頑張ってるんだろうな…おじいさん…。
さて、時系列が逆になりましたが、今日はまず山間部で活動した場所の雨の様子やその後の問題個所などを点検を兼ねて見て回りました。ご依頼者様とお会いできたお宅もありました。「今日で輪島を離れますが、お手伝いが必要な事や色々なお困りごとご相談は、遠慮なく社協に言ってくださいね…良く解らなかったら私に電話してくださいね」とご挨拶をする事も出来ました。


▼ 山間部案件3か所を見て回った後、市街地に向けて移動…途中でコインランドリーでの珍道中がありましたが、「被災地NGO協働センター」さんの案件をお手伝いさせて頂きました。「移設した簡易ハウス(積み木型)の雨漏りが酷く使えない…」との事で、その屋根にブルーシートを掛ける作業です。


最後に、何度も通った「仮設風呂」に行きました。「これまで何度となくご一緒させて頂いている方に会えるかな?会えたら一言ご報告して輪島を去りたいな」と思ったからです。お互い名前も知らないんですよ(笑)でも、この方がどんな人生を送られて来たのか…孫が何人いるのか…被災でどう変わったのか…等は知っています。不思議な風呂仲間です。
私が先に入っていたら、脱衣場からヒョっと顔を出して「やっぱおった!駐車場にダンプと重機あったから来てるかな~って思って!」と声をかけて下さいました。今日も巨大なイケスのようなプラスティックの風呂に浸かりながら、いろいろ話しました。去り際「明日からも氷見で頑張って!そんで長野に気つけて戻られて!」とエールを下さり、最後に「またどこかで!」とあいさつを交わしました。名刺交換もLINE交換もしません…名前も知りません…でもこの人の人生の断片を知っています。この人が今日も輪島市で頑張っているという事を、私はこれからずっと感じて生きて行きます。それが私にとっての能登半島、私にとっての輪島市です。
明日から氷見市に入ります。3tの重機を積んで地震で凸凹になっている道路を走るのは本当に気を遣います。まずは気を付けて安全第一で向かいます。
11月29日 石川県輪島市から富山県氷見市へ拠点移動
輪島での災害支援活動…延べ48日かな?とにかく自分でもよくまぁ~これだけダンプで寝起きしながらやり切れた物だと感心している部分もあります。ただ「あと1か月欲しい…」と言うのが本音です。まだ出来る事があるし、まだ中途半端な気がしています。でもね…私は仕事ではなくて無償労働力提供のボランティアです…どうしても限界があります。自分の人生や生活、家族を泣かせて自分のエゴイズムだけで突っ走る活動は愚者であると思っています。そんなものはボランティアではありません。私は私の出来る限界を計画して活動日数と行動範囲を決めて来ているので、それに従います。
だけど後ろ髪を引かれる思いは当然あります。
長らく苦戦しつつ向き合ってきた輪島市三井仁行(みいにぎょう)地区の裏山崩れ現場を見てから、富山県氷見市の拠点に行こうと思いました。

最後にこの家・集落を俯瞰して眺めた…。ずっと泥と崩れた山ばかり見ていましたが、俯瞰するとそこには確かに人が暮らし、田畑があり、営み、暮らしがあった。「自分はちゃんと被災者様に向き合っていたんだ」と、初めてそう感じました。とにかく…ずっと山・泥と対峙していたし、それをどのように収めればいいのか?と言う「最善の結果」だけを追求していたので、「自分がやっている事が能登復興の役に立っているのだろうか?」と言う葛藤も正直ありました。でも…この集落を俯瞰したとき。「頑張ったんだな」と、初めて自分を自分でほめました。同時に共に挑んでくれた仲間を誇りに思い、感謝しました。この冬の雪が落ちる場所を確保できましたし、仮に再び山が崩れて来てもエスケープゾーンを確保したし、少なくとも土砂で家が押されて崩壊する危険性は回避させることが出来ました。

▼ 三井インターから「能登里山街道(自動車道路)」を走っていたら、背中に虹が見えました。なので「能登空港IC」で一度降りて写真撮影。通常なら輪島から氷見までは90~110分だそうです。でも地震でズタズタにされた道路…そこを重機積載の4t車で慎重に走るので3時間掛かりました。私の40日以上の寝床?オフィス?盟友とも呼べるダンプです。今夜からはもうダンプでは寝ません。でも共に挑んでくれた名機材です。


氷見市社協案件活動!予定ぎっしりです
氷見市での案件!一つ目は市内の自転車屋さん…。自転車販売や修理を行っているお店が被災し、傾いています…公費解体の順番待ちの状態。でも、解体は公費で行われるとしても、お店が無くなってしまったら商売もできません。そこで店主さんは何とか工夫をしながら地所に仮の倉庫や作業場を再建しようと頑張っていらっしゃいます。
この依頼者様の事を簡単に書かせてください。
例えば、自分の所で自転車を買ってくれた中学生・高校生が通学途中でチェーン外れやパンクなどのトラブルに遭ってしまったら、電話一本で現地に出向いて無料で修理されています…。そんな方なんです。創業は今は亡きお父様なので二代目。95歳のお母さまを一人ご自宅で介護しながら自転車店を営業しているという真面目で誠実な店長です。
いわゆる災害ボランティア・社協案件と言うのは、商いに関する部分のサポートは原則として行えません。なので単にルールだけで言うならば、「仮店舗に使う倉庫の支柱を立てて欲しい」と言う依頼はNGなのかも知れません。でも…大きな声では言えませんが、氷見社協さんはお困りごとを抱えていらっしゃる方の声を拾うんです。「高齢のお母さまの介護をされている所から、社協としても関係を築かせて頂いていますし、単純に〝商いの部分か否か?〟の判別が付けられない」と言うようなニュアンスなのかな?私は良く解りませんが、とにかく氷見社協は市民の方々の〝助けて…〟の言葉に耳を傾けるのです。
氷見社協の澤田先生(1~2月に毎日一緒に灯篭を片付けた同志)が、1か月ほど前にこの依頼者様と私を繫いでくださいました。
突然お邪魔した私に、依頼者様が「あ!櫻井さん!!輪島大変でしたね!本当にお疲れ様です」と、私の名前も活動していた内容も、はたまた本業(音楽家)や副業(大工)の事まで知ってくれているんです。澤田先生…お話して伝えて下さっていたんですね?。とにかく「本当に助かる~!」と喜んで下さる依頼者様…。私も少しでも良い仕上がりになるように頑張りたい。


まずは1本立ててみました…だけど一人だとかなり難しい(^^;応援が必要だ!!と氷見社協さんに電話。そこに現れたのは!?


氷見の漁師さん!阿部さんです(笑)。今は「阿部んジャーズ」と言うボランティア団体を結成されそちらの代表です!。久々に一緒に二人で活動。んんん…おっさん二名の熱い自撮り(^^;
お昼に氷見漁港の「番屋(漁港の漁師が準備したり休憩する場所)」で刺身にして私に持って来て下さいました!!氷見の刺身><!贅沢~~!阿部さんご馳走様です!!凄く美味しかった~!

翌日の夕方…全部で8本のブロック基礎付きの鉄管を無事垂直に立ち上げました。一応ここまでがボランティア依頼内容です。氷見社協様にも完了報告して終わり。
でも、この敷地に敷き詰めたいとおっしゃられている砂利山が、ずいぶん離れた所に積まれているんです…。どうやって敷き詰めるんですか?と聞きましたら「一人で一輪車で」と仰いました。なかなかの重労働です…砂利を一輪車に積むのも想像以上に大変です。
そこで「後日、もう一度来て重機で積んで敷地に砂利山を移動しましょう」と申し出ました。
今日もかなりハードに活動出来ました。それもこれも久目地区交流館の素晴らしいホスピタリティーあっての事です。本当にありがたい…感謝なのです。
この久目地区唯一のガソリンスタンド…前回も「ボランティアできとるん!?ありがとう…」と言って、総湯と言う温泉の無料チケットをくれたのですが、今回も「何も言わんと!受け戸とって~温まって来て」と交流館まで届けてくれました(涙)。何でみんなそんなに優しくしてくれるんだ…。氷見って…久目地区ってどうなってるんだ!?そんな風に思う位に、心が通う素晴らしい方々ばかりなんです。

宝達志水町…読めますか?「ブロック塀解体」
さて、本日の作業日報です。今日は氷見市に隣接する石川県「宝達志水町」の社協案件で、斜めに倒れかけているブロック塀の撤去を行います。作業メンバーは、氷見市社協の山田先生・魚谷さん・櫻井です。ところで!ここ「宝達志水町」…読めますか??石川県民・隣接県の方々は読めると思いますが、私は最初読めませんでした(^^;「ほうだつしみずちょう」と読みます!


重機は置いてきましたので、今日は手ハンマーで解体です!このメンバーでなら余裕…


バッチリと綺麗に片付きました!

▼ 左から、宝達志水町社協職員のマツナガ先生、ボランティア魚谷さん、氷見市社協職員の山田先生

ここからさらに30分程度南下した「かほく市」まで行ってダンプに積み込んだブロックを処分します。
「動画」にて作業の様子を掲載させていただいてありますので是非ご覧ください。
氷見市「自転車屋仮店舗手伝い(3日目)」
先日、自転車屋さんとお約束した「砂利運搬」をお手伝いさせて頂きます。今日は氷見市社協の山田先生と一緒に作業です。いよいよ活動の最終盤…。終わりが見えて来た今、「あともう一案件!あともう一人!」と気持ちも焦っています。頑張りたい気持ちを削ぐかのように、連日冷たい雨が降っている。エネルギー消耗が酷いなぁ…。


旅の締めくくりは「ペイフォワード作戦」です。
当団体では、災害支援中に〝恩送り〟「ペイフォワード作戦」を行います。これまでも数件行わせて頂きました。こちらの活動は赤い羽根共同募金ボラサポや一般のご寄付・カンパによる活動ではなく、あくまでもディバイスコンポジション独自の活動で、災害支援活動日数以外の活動として実施しています。
被災地を支援される活動者様や地元・近隣の社協さんは、自分の家の事も全くできないまま休みなく被災地支援活動をされています…。帰ったら終わる私共のような活動ではなく、まだまだ支援活動は続きます。「そんな方々を支援したい…その事が更に能登半島全体の支援を活性化する!」と信じて行っているのが当団体ペイフォワード作戦です。
最終日の今日「ペイフォワード作戦」でひとつの〝約束〟を果たします。
私(ディバイスコンポジション代表 櫻井)が少年の頃(幼稚園登園拒否してた頃…)、近所の造成地にショベルカーが来ていました。私はそれを1週間くらい毎日見に行っていました。そんな私に母はおにぎりを渡して「今日もショベルカーいると良いね!」と送り出してくれていました。ある日、ショベルカーのおじさんが「僕!毎日見に来てるな~乗りたいか?」と声を掛けてくれました。おじさんの膝の上に乗せてもらって、操縦を教えてもらいました。嬉しくて嬉しくて両親に自慢気に話しました。
翌日、母に「おじちゃんの分もおにぎり作って!」とお願いして意気揚々と造成地に行きました。
でも…ショベルカーはいませんでした。おじさんの姿もありません。泣いて帰り母にそれを話すと「おじちゃん、きっと最後の日だから乗せてくれたんだね」と慰めてくれました。
それからと言う物、街でショベルカーを見るとおじさんの姿を探していました。
これが私と重機の出逢いなんです。
災害の無い時に、わざわざ重機を借りて穴掘って埋める…一見するとアホなおじさんに成長しましたが、生まれ変われるならこれを本業にしたい位にバックホーが好きなんです(笑)。自分の特技が被災地のお役に立つなら…とここまで述べ134日間の能登半島地震・豪雨災害の重機支援活動を行ってきました。
ペイフォワード作戦。次の世代に操作レバーを託して行く事も重要だと思っています…。
日本では土木建築の技師やオペレーターが減っています。きつい仕事、汚れる仕事を嫌う傾向の影響かも知れません。重機は人間数十人分の仕事を行う事が出来ます。人間だったら休憩しないと出来ないですが、燃料さえ入れてやれば何十時間も動き続けます。災害時、この重機が担う部分はたくさんあります。もちろん人間の手でしか行えない作業もたくさんあります。様々な支援活動が協働して被災地復旧・復興へと進むものと実感しています。
※1時間程度膝の上に乗せて要点と安全の為に必要な事を説明させて頂き、安全考慮の上で行っています。また私有地での運用ですので法的にも問題の無い運用です。
後日、彼から絵をプレゼント頂きました。

ありがとう…ほんとうにうれしいです。またいっしょに、れんしゅうしようね!
「第三次災害支援活動 完了」
第三次災害支援活動52日間。完了いたしました。
でも、それはこの第三次活動が終わっただけで、能登半島広域にはまだまだ支援を求めておられる方がたくさんいらっしゃいます。その事が本当に良く解った活動と言えます…。発災から間もなく1年ですが、復興へのスタートラインに立つ事さえ出来ていない地区がたくさんあるのです。
正直、活動を終えて帰る事には無念すら感じています…「まだ出来る事がある…何とか出来ないか?延長できないか?」と自問自答を繰り返して来ました。でも今の私にはこれが限界のようです。達成感はありません。むしろ非力さを痛感しています。
だけど、惜しみないご支援ご協力そして協働によって共に歩んでくださった仲間みなさまに心から感謝しています。
土砂降りの冷たい雨の中で笑いながら、馬鹿な事を言い、泥だらけになって、また笑って…。時々泣いて。この仲間の存在が無かったら私は何も出来ませんでした。ありがとう。

▲ 当団体の後方支援係。新田さんの待つ「有磯海サービスエリア」に立ち寄りました。毎日欠かさず連絡を下さり、バックアップサポートの体制を確保して必要資材を届けて下さっていました。何度も「無理はいけません」と仰られましたが、一度たりとも「諦めろ」とは言われませんでした。支えがあればこそ、バックアップがあればこそ、ファインプレーが出来るんだ…そう実感しました。
▼ 雨と泥でダンプ上の重機が横滑りします…途中、大雨の中でロープで固定しました。力み過ぎたのか?右目から出血(^^;さすがに驚きましたが休憩回数を増やしながら7時間かけて無事帰宅。飼い猫に「シャー」っといわれ落ち込むも、チュールやシーバでご機嫌を取る。

第三次災害支援活動は52日間。これまでに第一次活動が38日間、第二次が46日間なので、通算136日の活動でした。でも能登半島に今も暮らされている方々にとっては今日で338日目(12/3現在)です。絶望感を抱えながらも、挑み続けておられる方々。耐え忍ぶだけではなく、復興の為に命がけで生きておられる方々。果たして本当にそのような方々のお役に立てたのだろうか?有難迷惑になってはいないか?…正直私には解りません。
活動地をダンプで駆け抜けていると、知り合った数々の方々とすれ違います。クラクションで挨拶!手を上げて挨拶!。いつのまにか知り合いだらけになった。輪島の仮設風呂でも常連の一人になっていた。「お!久しぶり!」とイケスで作られた湯船で情報交換をした面々…お互い名前も知らないけど、人生の一遍は知っている。不思議なヒューマンスクランブルだった。
輪島のコンビニの駐車場に止め、買った弁当をダンプで食う…店員さんが〝ありがとう〟と言って期限の迫ったおにぎりを持ってきてくれた…有難かった。「初物やから食べて!」と〝香箱ガニ〟をくれた輪島のご家族…「うちはトイレは大丈夫やったからいつでも使って!」と近隣ボランティアに貸し出してくれたご家族…。怪我した私を治療しに駆けつけてくれた富山市の接骨院の先生。絶望的な状況の現場に惜しみないパワーを以て駆けつけてくれた災害支援メンバー。泥だらけになった重機を1時間半も洗い続けてくれた「のと復興ラボ」副会長…。氷見ベース滞在中、毎日ご飯を届けてくれた保護猫の会(氷見市ねこみみの会)の会長…。毎日お酒と笑顔を届けてくれた久目地区社協の上野さん。氷見市久目地区のガソリンスタンドの店長がくれた温泉券…。
書ききれません。「一体何なんだ!?」と思う程、人を感じられる時間でした。
当団体は「赤い羽根共同募金会」様のボラサポ助成を受け、多くの皆様のご支援・ご協力によりまして活動を進めさせて頂いております。常に皆様からの貴重なご寄付により活動をさせて頂いていると言う意識をもって、ひとつひとつ丁寧に案件完了に向けて活動いたしております。ご寄付くださった皆様、本当にありがとうございます。

