令和6年能登半島地震<第三次活動ログ16「輪島市」>11月3日~7日

11月3日~6日:<ダンプドライバー・超肉体労働活動スタッフ増員中!>

ひとつ前の日報の「A案件」に着手します!※B案件(山崩れ)はトン袋の配達待ちです。
朝早く、富山県からダンプで2時間かけて当団体活動支援隊の中坪さんと魚谷さんが駆け付けて下さいました!。この案件現場にはたくさんの土嚢袋と宅内に流入した泥が積み上げられています。その土嚢袋をダンプに積み込んで災害ゴミ仮置き場に持って行くのが最初の作業です。

東京から飛行機で来てくれたボランティアさんが、我々活動者の元を回って昼食を届けて下さる支援をくださいました><!!これってメチャメチャ嬉しいヤツです(涙)。届けて下さるなんて言うのは、私も初めての経験です!感激です!

中央のお二人が依頼者様ご夫婦。両サイドが昼食炊き出し配達ボランティア活動のお二人です。一番右側の女性、石井かほり様は何と「ドキュメンタリー映画」の監督です!一番左側の女性、横井愛子様は物凄く美味しいお味噌汁屋さん「美噌元」の創業者様!ハッキリ言ってこの味噌汁は旨い!!味噌汁にうるさい長野県民の私が言うのですから間違いありません(笑)。日本全国からの活動者、そして活動を支える方々の存在を目の当たりにされた依頼者様。本当に感謝されておられました。辛くて苦しい時に一番必要なのは、実働だけじゃないんです…「見ています!願っています!」と言うアクションと「絶対に一人になんてさせない!」と言う意思表明かもしれません。

<依頼者様の前向きな変化!>

昨日の「宅配炊き出し?」から、更に依頼者様との距離も狭まり、今までは「それは良いよ…そこまではお願いできないです」と仰っていたお父さんが「この貯水槽も壊していただく事ってできますか?」と話しかけてくださいました!(笑)小さな事ですが、復旧に可能性が見えて来た素晴らしい兆候だと私は思いますし、〝受動的復興〟ではなく〝能動的復興〟こそが我々の望む本当の災害支援だと思います!。勿論!喜んで使っていない古い貯水等を粉砕させて頂きます。

 自家製の干し柿をご馳走になりました!!能登の干し柿は本当に甘くておいしい(^^!

<ホスピタリティーの重要性/傾聴>

当団体が現在輪島市内で稼働させている案件は4案件です。いずれも規模が大きな物なので変わり映えの無い現場写真や日報になってしまいます。作業の後、遠く離れたコンビニ(しかも夜間営業ナシ)に行ったり風呂に入ったり車両燃料の補給に行ったりするのでルーティーンワークも本当に忙しい…日常生活と言う物がどれほど便利で快適なのかを再認識しています。

今日もここ5日間ずっと継続中の案件です。雨が多い時期なので本当に作業効率が悪い…晴れていて乾いている土なら倍以上仕事がスムースに進むと思います。泥は本当に人を疲弊させる…。良く考えてみると最近の人は泥の中を歩く経験が少ないですよね?。そんな事を考えながら本日も大量の泥と対峙。

昨日降った雨の影響で、またドロドロになってしまった現場…。山の上から転がって来た大きな丸太を引出します。昨日、依頼者様と山田先生(氷見市社協職員)が可搬サイズに切断してくれました。早起きして車を2時間走らせ、早速泥の中で丸太を運ぶ上野さん。重機で降りて引き揚げれば良いのですが、泥沼化しているので埋まってしまうんです。悪天候が続くこの時期…人力に頼る部分が増えます。

この作業の様子を依頼者様もずっと見守ってくれています。それって本当に大切な事だと私は思います。数多い案件の中では、依頼者様のお顔すら知らない中で作業をする事も多々あるのですが、本来の災害支援ボランティアは「協働」が原則だと思います。ご高齢の方に〝一緒に重量物を運べ〟と言っていうのではありません。〝現場に共に参加する事=協働〟です。共にすることで双方に信頼関係が生まれ、信頼関係によって友情が生まれます。絶望の中にあるとき、友情ほど支えになる物はありません。

その結果、依頼者様からも「ここに側溝(雨水を流す水路)を作れんかねぇ?」と要望が出てきました!。素晴らしい兆候だと思います。「ここで生きる!」と決められた依頼者様が共に参加いただく事で、現状をより良くしたい!と言う思いだからです。すぐに水路を作る事で快諾!

側溝溝掘った~!依頼者様が軽トラで側溝を買いに行ってくださいっています!この作業を一人でやったら辛いだけですが、友達とやると出来るんです。「人」って不思議ですよね。

側溝を埋め、水の流れを依頼者様と確認。お父さん少し笑顔が(^^!その様子を上野さんが見事に撮影くださいました。いい写真です(笑)

私が現場の整理をしている間、上野さんは依頼者様とジックリ向き合い、お話をたくさん聞いて下さっていました。いわゆる心理カウンセリングでいう所の「傾聴」です。上野さんは教育者として勉強の指導もされますし、防災士としても研鑽を重ねている方。と言うよりもそもそも〝歩くホスピタリティー〟みたいな慈愛とサービス精神の塊のような男なのです。

じっくり…じっくり…お父さんと肩を並べて、正月からずっと我慢に我慢を重ね、堪え難きを堪えてこられた胸の内を解放頂きます。
どうか読んで下さっている皆様…想像してほしいんです。町が崩れる程の大震災と長期に及ぶ避難所生活、ようやく自宅に戻れたと思ったのもつかの間…山体崩壊で迫りくる土砂に埋まってしまう自宅…。私だったら「一体何なんだ!!」と叫び、放り投げて逃げ出す気がします。だけどこの家のお父さん(77歳)お母さんは、ここに戻り毎日復旧活動をしているんです。そんな被災者様の胸の内に耳を傾けて行く上野さん。んんん…この男の底なしの愛情は一体何なんだ?とさえ思う。

このお宅の敷地に入り込んでいた土砂…山体崩壊の先端は、現在自宅から50m程度まで遠ざける事が出来ました。あと5m程度押し上げてからは国交省の仕事にすべきです。到底私にはできません。だけど国の動きを待っていたら、その前にこの家が押し流されてしまいます。そのような状況なのです。

掛け持ち現場へ重機移動!(再び輪島市街地へ)

昨夜から今朝まで、結構な雨が降ったので、側溝や水みち新設の効果が見れる機会になりました。朝一番に現場を見に行きました。その効果に依頼者様も大変満足頂いています。この現場に力を貸してくれた活動者皆様に心から感謝!!ありがとう!

ダンプに重機一式を積み込み、今度は輪島市街地(床上浸水が最も多かった場所)に移動しました。まだ山間部の案件が残っていますが、いわゆる「現場掛け持ち」なのです。本当に忙しい状況です。私の50日間計画の「第三次支援活動」も既に半分。正直焦っています。もちろん安全面考慮に妥協はありません。それでも焦るんです。あと一件!あと一家族!あとお一人!と、毎回そんな気持ちで作業を進めているのは今年の1月から何ら変わっていません。

写真では本当に分かりませんが、地震で倒壊した建物を撤去した敷地になります。越水洪水した川から5Mの距離…つまり川岸なのですが、30㎝~50cmの泥が堆積し、川からのゴミも入っています。これを取り除かないと町内の道を何度掃除してもすぐに道路に土があふれ出してしまい、イタチゴッコの状態なのです。かなり広い土地なので正直ちょっと大変な気がします。でも山崩れ現場よりは安全かな?緊張は保ったまま集中して挑みます。

輪島市街地、マリンタウンの片隅に被災者様・そしてボランティア専用の仮設風呂サービスがあります。本当にありがたい…テント風呂なので物凄く寒いのですが、それでもありがたい…今まで何度もお世話になっています。長期滞在活動を持続するためには経費削減が必須。一回800円の温泉に毎回は行けません(非常時のみ)。間違いなく言えるのは、今の私の滞在スタイルは被災者様よりも下に位置しています。敢えてそのように暮らしています。そこから解る思いがあるからです。被災者様もは発災当初は車中泊を余儀なくされていました…本当にご不自由だった事と共感しています。私が共感する部分もありますし、被災者様も私のこの暮らしを見て共感くださっています。

当団体は「赤い羽根共同募金会」様のボラサポ助成を受け、多くの皆様のご支援・ご協力によりまして活動を進めさせて頂いております。常に皆様からの貴重なご寄付により活動をさせて頂いていると言う意識をもって、ひとつひとつ丁寧に案件完了に向けて活動いたしております。ご寄付くださった皆様、本当にありがとうございます。